積層1


 やはり小言が始まった。池田は真木富士子には度々悩まされている。
富士子は連日バーチャルツアーロボット3号の魅力にのめり込んでいた。
”波内には、入らない様あれだけ注意していたのに..”気の弱い彼は蚊の泣く様に呟くだけだった。
今日も声にすることは出来なかったが、それよりも遠隔ロボット3号本体の活動場所
オワフ海岸でとばっちりを受けた同期のマイクのご苦労を思うと
気が滅入ってしまった。現地はすでに真夜中でマイクは眠りについているはずである。
マイクとは同期入社の仲でなんとなく気が合った。今回のトラブルの原因は,

現地のロボットの足が砂に潜りこんでしまって身動きが出来なくなってしまったのだった。ルビー色に真っ赤に燃えた真球の巨大な神秘な塊が海水の中に蒸気を吐くでもなく厳かに潜りこんで行く様は誰でも興奮する。
都会の雑踏の中を忙しく飛び跳ねていた富士子にとっては
夢にまで見た渚でそよかぜを肌に感じてうっとりしていると、全ての感覚はその塊の持つ巨大な力に吸い取られるのだった。ところが,流石は、やり手の営業ウーマンだった。
現実に戻るととたんに先制攻撃をかけてきた。初心な池田はあっけに取られるだけだった。
”何よ、この機械、せっかく海の水で足を冷やしたかったのに、やはり昔の海水浴は良かったわ、こんな機械だめよ”
それまでの感情とは全く違ったことを口走った。池田にとっては、踏んだりけったりの感だった。今回も無理して予約を取ってやったのだった。それなのにそこまで言われるとは思わなかった。しかし自分のモニター管理ミスを認めないわけにはいかなかった。
浜辺の波の繰返しが砂を深く掻き出しすぎてしまったのだ。始めてのケースであった。
富士子の足の筋肉では砂から抜けないのであった。
すなわちオワフ海岸に居る遠隔相手、ロボット3号の筋力も
砂から抜け出せ無いわけである。富士子と3号は全く同体感覚なのである。富士子の身に取りつけたセンサーの信号はオワフの3号に同時に正確に反応していた。渚の神秘なショーもいよいよ終焉を迎え、彼女はホテルに戻ってお気に入りのボーイと片言の英会話を楽しみたくなって、向きを変えようとしたが両足が砂に深くもぐりこんで移動できない状態になっていた。

マイクはコンチネンタルホテルに3号を紹介して出入り自由の許可をもらってあった。ホテル側も
バーチャルツアーには並々の理解を示してくれた。


富士子の体からセンサーをすべてはずし終えて、池田はほっとしたが、
富士子の隙の無い圧力に池田は対抗できなかった。
一時間の使用料を踏み倒すつもりが見え見えである。一時間1万円の使用料である。
ちなみに池田の日給は10000円だった。世間並以上に満足していた。2000年ころから物価が50%も下がって結構楽だった。
また課長から叱られるのが目に見えている。まえにも3かいほどねぎられたことがあった。 
ひょっとしたら会社を辞めさせられるのではないかと思うと、憂鬱に成ってきた。
若い看護婦もそばにいたし、世間の経験も浅く性格上反論ができなかった。
この仕事はけっこう気に入って入社したのだった。
山田病院は比較的裕福な患者が入院していたので、会社にとっては上得意先であった。
一日10時間も駆動させることが出来た。
新米の池田にとっては年配患者の扱い方がまだわからなかったのだった。

富士子は独身であったが、友達と60歳の誕生日を特性のケーキとランの花で飾って
結構盛大に自宅で盛り上げていた。
ビールで乾杯を追えてまもなく、一度変な咳をしたとたん、急に息が詰まって胸をかきむしって
そのまま気を失ってしまった。
最近独身者に流行りのペット感染急性気管支炎による入院1ヶ月目で、今では退院まじかでベット生活にいらいらしていたのだった。
職業は売れっ子ネット保険勧誘員で年収はこの国の総理大臣より多かったし、
とても60歳には見えないくらい実際若かった。
そろそろ旅行にでも出て遊びたかったのだった。
池田はその辺の感覚を理解していなかった。年配の課長にも責任があったが、
会社は多忙すぎて社員教育を其処まで出来ていなかった。
その時池田は技術者らしく一生懸命リモートセンシング機械のモニター管理に神経を集中していたはずだったが
実は池田も富士子同様沈み行く太陽に見とれて、うっかり3号の足元のことに神経が及ばなかったのであった。
富士子の神経はバーチャル3号でハワイのオワフビーチを散歩していた時の事だった。
株式会社スリーディ社にとっては3号は良く働いてくれていた。かれこれ3年をかけてやっと半年前から実用化始めたのだった。

マイクは枕もとの3号のモニターからの悲鳴のような叫びにベットから転げ落ちそうになった。
実際は悲鳴をあげたわけではなかったのだが、睡眠が壊れるときには誰でも大げさに聞こえるようである。
モニターには3号が足元を見つめて助けを求めている映像が映し出されていた。
マイクは
しゃきっとしないまぶたをすばやく両手でもんだ
未だ12時を廻ったばかりで星が賑やかに天空を埋め尽くしていた。
ジーパンに足を通し勢い良くガレージに向かった。
馬にでもまたがる様に愛用のルノーに飛び乗って、すばやくたずなをルート20方向にひねった。
眠気は職業がらとっくに覚めていていた。3号の困った様子だけがフロントガラスに映った
流石に道路はすいていたが海岸線のリゾート地ともあって、あいかわらず熱い関係の影が
やたらに目に付いた。最近はマイクには気にもならなくなっていた。
墨の様に真っ黒な海原を輪郭をかたどる様に型を変えながらジグザグで始まる波の輝きが
果てしなく繰返しては一点に収束していった。その点の中に3号がいるはずだった。
つい最近までは3号は無頼漢に良くからかわれて突っつかれたりしていたので、出来るだけマイクは一緒にいたが
生身のマイクには限界があった。会社の方でも理解していて
3号に改良を加えてくれたので、大分楽に成った矢先の事であった。
マイクにとっては3号は親友同然であり且つ生活の糧と夢をを提供してくれていたのだった。
バーチャルツアーの代理店権を別けてもらえるまでは、この厳しい時間割をこなそうと努力していた。